円地文子『朱を奪うもの』(新潮文庫)
- 作者: 円地文子
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1963/11
- メディア: 文庫
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@「宗像滋子」ものの第1作(初出1955-1956)。そういえばこの時期の作家の作品は、
ある人物を主人公にしたシリーズものが多いな。『鳴海仙吉』とか。
ひらたくいってしまえば、女性版の教養小説である。
演劇の指導者だった父を持ち、父に早く死別したのちは、大審院・枢密顧問官の伯父のもとで育てられた
主人公が、大正〜昭和初期の社会的・文化的な風潮に棹さしながら、演劇に目覚め、
左翼思想に傾斜し、ひとなみにデカダンな肉体関係も取り結びながら、満鉄研究所の考古学者と、
仮面をかぶった結婚を決意する。……
さすがの筆力でなかなか読ませる。
ちょっと説明がくどい部分があるし、それこそ書き手の教養が邪魔してしまって、余計な(あるいは、意味のない)心理描写が
入ったりすることもある。また、「本格小説」を目指したかったのだろう当時の文学的な風潮を受けてだろうか、
人物を、ひとつの典型・類型として描きたい、という思いも、強く感じられる。
女性のセクシュアリティの歴史を考えるときにも、欠かせない文献であろう。
でも、僕にとって興味深かったのは、背景として描かれる世相や風俗。
おそらく坪内逍遥であろう人、おそらく小山内薫であろう人、などなど、いろんな「著名人」が、
深窓の令嬢の目線から語られる。また、プリンス・オブ・ウェールズの来日のときの園遊会の様子など、
なかなか面白い描写が続く。
ヒロヒト(当時摂政宮)もちゃんと出て来る。やっぱり、見た目は貧相だった、と語られています。