『卍』のテクスト生成

必要あって、谷崎潤一郎『卍』(1928-1930)の初出版を取り寄せ、読んでいるのだが、初出形を読むことじたいが、この作品のテクスト生成の過程に立ち会っているかのような、ちょっとスリリングな気分を味わうことができる。

初出形は、

  • 園子の語りが、東京語で始まる。
  • 園子に子どもがいる。
  • 園子のかつての恋愛事件について、より詳しく語られている。
  • 光子に弟がいる。

といった、現行バージョン(ISBN:4101005087)とはまるで違う設定になっている。

おそらく書き手が、次の展開を見据えて、可能的な物語を確保するために伏線としたつもりだったのだろうが、書き進めていくうちに、とくに双方の家族の設定は、あきらかに邪魔になってくる(だから、書かれなくなる)。

また、園子のかつての恋愛事件については、姦通罪に引っかかるおそれがある。この点については、プロ文弾圧後の検閲状況を見据えたものだろう。

何より興味深いのは、当初、間接話法的に、園子が登場人物同士の会話を再演するときにのみ出て来ていた関西語(それも、語尾だけだった)が、少しずつ、地の文に滲み出てくるプロセスであろう。園子は、聞き手である「先生」に対して話している言葉と、物語の中の自分が語り聞いた言葉とを、少しずつ差異化させていく(関西語を前景化させていく)だけでなく、今度は、関西語と東京語の割合が逆転し、最後には東京語が語尾だけ(です、ます)になってしまう(現行形では、「あるのんです」とさらに置換されている)。

すでに研究があるが、『卍』の連載(初出は「改造」)は、ひどく一回あたりの分量が少ない(ほとんど2〜3頁、という感じである)。連載中に読む読者はたまったものではなかったろうが、いま、あらためて見直してみると、いろいろと発見があって面白い。全集ができるときには、この別ヴァージョンも、異文として、ぜひ収載してほしい。

といっても、中央公論新社には、全集作るなんて意気は、ないのだろうけれど。