坂上弘『優しい碇泊地』(福武書店 ISBN:4828823905)

今は無き文芸誌『海燕』に連載されていた連作中篇(1989-1991)。外国語の教師を企業に派遣するというベンチャーに勤務しながら、将来はMBAをとってやろうと目論んでいる「ぼく」を狂言廻しに、外人教師たちと企業人たちの人間模様が描かれていく。


と書いてはみたものの。時代は残酷だ、という感を深くする。
村上龍の'90年代の作品を読んだあとのようだ。


わずか15年前の作品にしては、「古びかた」「遠ざかり方」が尋常ではない。設定としては、あえて終身雇用を狙わずに、いったん外国語を実務的に習える場所に入って、将来はMBA、という「現実的な」青年が主人公なのだから、じゅうぶん現代にだって生きるはずなのだ。いったいなぜだろうか。


たぶんそれは、この作が、どこかしら「国際化」が未来を彩る素敵な標語に見えていた'80年代の薫りを引きずっているからだろう。そして、「グローバルな競争」などということがさっぱり見えておらず、日本を一歩踏み出せばあちこちに金儲けの話が転がっていると日本中が錯覚していた「バブル」の時代に、荷担はしていないにしても流れに棹さそうとしていた、ということをも意味する。


「社会的なもの」を描く小説は難しい。坂上弘は決して下手な書き手ではないだけに、余計にその感を深くする。