新城郁夫『沖縄文学という企て』(インパクト出版会)

沖縄文学という企て―葛藤する言語・身体・記憶

沖縄文学という企て―葛藤する言語・身体・記憶


 日本文学という閉塞領域に風穴をあけるための役回りなどでは全くない沖縄文学を夢想する
ためにも、そして同時に、記号化された沖縄の共同化に抗う新たな生の運動の形式たり得る沖
縄文学を夢想するためにも、今、私たちの前に開かれつつある言葉に向き合う以外に手だては
ないと思う。日本と沖縄を巡る見慣れた共犯関係の網目を断ち切っていく手始めの作業として、
ひとまずは沖縄文学という迂回路が見出され読みとどけられなければならない。そして、いつ
かその迂回路さえもが解体されるためにも、いま、沖縄文学という企てが夢想される必要があ
るだろう。その夢想の夢想にむけて、この本のなかの言葉がなんらかの実践たり得ていること
を願っている。(はじめに)

@わたしが思うに、本書は、21世紀初頭の文学批評にとって、最も重要な達成の一つである。
 沖縄を表象として馴致し去ろうとするメディア、「日本近代文学」、あるいは研究者たちの姿勢に
 あらがい、沖縄の「現在」を、どうにかことばとして書き抜こうと試行錯誤する書き手たちの営みを、
 ときに怒りをにじませつつ、ときにことばの流れに寄り添いながら、あくまで肯定していく。
 もっとも正しい意味で「未来」への希望をにじませた批評になっていると見た。


 「沖縄という土地が、様々な物語をうみだす豊饒な場であるといった話は、ほとんど根拠のない
  嘘のように思える。むしろ、物語を容易に書き得ぬという地点から、逆に物語に対する批評的な
  営為を選び取らねばならないところに、現在の沖縄文学の困難とそして可能性がある」262


@わたしとしては、とくに、この書物にまとめられた「文芸時評」に注目をしたい。
 時評家としての新城氏の、押さえ所の適切さと作に対する誠実な姿勢とには、ほんとうに感銘を受けたのだった。


 こんな時評家が読んで、そして適切な一言を書いてくれるというだけで、
 書き手のモティヴェーションはぜんぜん違ってくるのだろうな。